検証、朝日新聞「天声人語」の盗用疑惑!

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              盗用がバレないように
           しっかり口裏を合わせておくニダ!
                     ∧_∧
                    <`∀´、>
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朝日新聞の看板コラム「天声人語」の、インターネットからの、盗用疑惑について検証します。そして盗用疑惑が事実無根であることを証明したいと思います。

盗用疑惑が指摘されている2001年8月8日の天声人語

■《天声人語》 08月08日

 知人と先日話をしていて、妙なことで意見が一致した。「本屋で立ち読みをしていると、なぜかトイレに行きたくなる」。男ばかりだったが、居合わせた者がみな、そういえばというのである。

 本の紙やインキのにおいが刺激になるのではないか。本棚をのぞきこんだり、立ち読みをしたりする姿勢が問題なのではないか。あくまで心理的なものではないか。各方面から諸説論じ合ったが、結論は出なかった。

 ところが世の中は広いもので、すでに先達がいた。元製薬会社勤務という人が開設しているホームページに、われわれが推理した仮説は網羅されていた。「現象としてはあるものの、万人が納得するような理由は不明」が、その結論のようだった。

 トイレが充実している書店はあまりない。トイレ自体の数が少ない上に、あったとしても狭い。見えにくい所にそっと設けられているのが普通だ。増えているという万引き対策なのかもしれないが、少し困る時がある。

 欧米の書店でも、トイレが充実しているところは少ない。ただ、売り場にはゆったりとスペースがとってある。床のじゅうたんに寝そべったり、据え付けのソファに座ったりして、ゆっくり本を選んでいる人たちがいる。日本の狭苦しい書店と比べると、何ともうらやましい。

 街の本屋が次々と廃業に追い込まれ、昨年1年間に史上最多の約1300店がつぶれたそうだ。そんな時代に夢物語なのかもしれないが、広くてきれいなトイレがあって、心おきなく本を選ぶことのできる本屋はどこかにないものだろうか。


盗用元と指摘されているインターネットホームページ「散人雑報」(現在閉鎖)
 本屋に行くと催すのはなぜ 2001/5/1  

「本屋に入ると、なぜかトイレに行きたくなる」。本好きの知人、友人らがよくこんなことを話す。実は何を隠そう(隠すこともないか)、僕も本屋をうろついていると生理現象に襲われることがしばしばある。不思議である。

 書店をして人々に便意を催さしめる要因は何か?活字を読むと脳神経を刺激し下半身に指令を出すのか。インクや紙のにおいが腸や膀胱にある種の作用するのか。それとも…。

 某日、神保町の書店に行った際、答がひらめいた。

 いつものように、一駅前の小川町で地下鉄を降り、スポーツ店などをのぞきながら神保町交差点に着いた。三省堂1階で古地図を見て、新刊本をひと通りチェックした後、エスカレーターで2階に向かう途中、腹がぐるぐる鳴り出した。あわてて、トイレに駆け込み、便座に座りながら、次のようなことが浮かんだのだ。

 本屋でトイレに行きたくなるのは、要するに「食事と運動」の関係にほかならない。本屋に行くのは、昼食の後だったり、喫茶店でコーヒーを飲んだ後、というケースが多い。僕のようにウオーキングを兼ねて本屋めぐりをする場合はもちろん、かなりの運動量になるが、本屋に直行する人でも、いろんな棚を見て回るうちに知らず知らず適度の運動をすることになる。すなわち「食事または喫茶」プラス「適度な運動」イコール「腸のぜん動(便意)」という図式ができあがる、というわけである。

 この日の僕も、その例に違わず、昼食後の本屋訪問だった。「そうだったのか」と、ひとり合点し、スッキリしてトイレを後にした。

 ところで、本屋のトイレはどうしてどこも狭いのだろうか。理由は簡単だ。本当は、どこもトイレなど置きたくないのである。大型書店であれば、あるほど置きたくはないはずだ。つまり、万引きの問題である。本を盗んでやろうという輩にとって、トイレという個室は実にありがたいだろう。中規模店であれば店員の監視もできるが、大型店になれば、事実上不可能だ。しかし、設置しないわけにはいかない。そこで、申し訳程度の小さなトイレが置かれたのである(たぶん)。

 都内の大型書店に集まる人数は半端じゃない。1日当たり何千人になるのか(あるいは1万人を超えるのか)。これだけの人々が集まり、さらに、上記の理由でトイレに行きたくなるケースも多い。それに比べ、トイレの収容人数の少ないこと。僕は、都内某所の大型書店1階で催し、その階にあるトイレに行ったが使用中、仕方なく2階のトイレに行ったがここも先客がいて駄目。さらに3階のトイレをノックしたが中からノックが返ってきてアウト。結局、どこも使用中で、危機が迫ってきて、脂汗を流したことがある。

 話は変わるが、5年ほど前、ロサンゼルス郊外のパサディナという町の書店を訪れたことがある。地元に住む友人が案内してくれたのだが、店内に入って驚いた。真ん中に大きな喫茶コーナーがあり、みんな、棚から好きな本を引っぱり出してきてそこでコーヒーを飲みながら読んでいたのだ。

 僕は友人に「ここは新刊本の書店で、図書館じゃないよね?」と念を押した。「もちろん、そうさ」と友人。「客にただで読ませていたら、本が売れなくなるんじゃないのか」と聞くと、「そう思うだろう。でも、違うんだな」と言って笑った。

 彼によると、逆に、こうした本屋は売り上げを伸ばしているという。理由は次ぎの通り。ただで本を読めるので客が集まった。そのまま、買わないで返る客もいるが、途中まで読んでいるうち、自宅でじっくり読みたくなり買う客も多いからだという。

 僕の脳裏には、日本の本屋の情景が浮かんでいた。「立ち読みお断り」の張り紙。もし、立ち読みをしている客がいれば、その横でこれ見よがしにハタキをかける店主の姿…。パサディナの書店は、これと正反対のことをやり、なおかつ成功していた。これは驚きだった。しかし、アメリカでいくら繁盛しても、日本にはこの手の本屋はできないな、と思っていたのだが、ここ1、2年の間に、日本でも、喫茶コーナーを設け、自由に新刊本を読ませる書店がいくつもできた。いずれも好調だという。

 ただで本を読ませるというのは、「逆転の発想」といえるが、実は、客のニーズに柔軟に対応するという「商売の基本」に従ったからともいえる。そこで、トイレの話に戻るが、都内の大型書店は、この際、思い切ってトイレを大規模に改造してはいかがだろうか。大きくするだけでなく、ウオッシュレットやエアタオルを導入、床は大理石風にして鏡も広くし、バッハやモーツアルトの室内楽を流す。こうすれば、少なくとも女性客には絶大な人気を得るだろう。

 不況、デフレ傾向の中、新刊本を扱う書店はどこも苦しく、逆に「BOOK・OFF」などの古本屋が繁盛してるという。そういう時代だからこそ、「ただ読み」の喫茶コーナーやホテル並みの快適なトイレを設け、「スターバックスに行くんだったら、○○書店に行こうよ」と言わせるような本屋にしないといけないのでは、と思う。


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天声人語と散人雑報の文章の対応は次の通りです。

組立 天声人語(全文) 散人雑報(対応箇所)
知人と先日話をしていて、妙なことで意見が一致した「本屋で立ち読みをしていると、なぜかトイレに行きたくなる」。男ばかりだったが、居合わせた者がみな、そういえばというのである。 「本屋に入ると、なぜかトイレに行きたくなる」本好きの知人、友人らがよくこんなことを話す。実は何を隠そう(隠すこともないか)、僕も本屋をうろついていると生理現象に襲われることがしばしばある。不思議である。
本の紙やインキのにおいが刺激になるのではないか。本棚をのぞきこんだり、立ち読みをしたりする姿勢が問題なのではないか。あくまで心理的なものではないか。各方面から諸説論じ合ったが、結論は出なかった 書店をして人々に便意を催さしめる要因は何か?活字を読むと脳神経を刺激し下半身に指令を出すのか。インクや紙のにおいが腸や膀胱にある種の作用するのかそれとも…
ところが世の中は広いもので、すでに先達がいた。元製薬会社勤務という人が開設しているホームページに、われわれが推理した仮説は網羅されていた。「現象としてはあるものの、万人が納得するような理由は不明」が、その結論のようだった。 (対応記述なし)
トイレが充実している書店はあまりない。トイレ自体の数が少ない上に、あったとしても狭い。見えにくい所にそっと設けられているのが普通だ。増えているという万引き対策なのかもしれないが、少し困る時がある ところで、本屋のトイレはどうしてどこも狭いのだろうか。理由は簡単だ。本当は、どこもトイレなど置きたくないのである。大型書店であれば、あるほど置きたくはないはずだ。つまり、万引きの問題である。本を盗んでやろうという輩にとって、トイレという個室は実にありがたいだろう。中規模店であれば店員の監視もできるが、大型店になれば、事実上不可能だ。しかし、設置しないわけにはいかない。そこで、申し訳程度の小さなトイレが置かれたのである(たぶん)。
都内の大型書店に集まる人数は半端じゃない。1日当たり何千人になるのか(あるいは1万人を超えるのか)。これだけの人々が集まり、さらに、上記の理由でトイレに行きたくなるケースも多い。それに比べ、トイレの収容人数の少ないこと。僕は、都内某所の大型書店1階で催し、その階にあるトイレに行ったが使用中、仕方なく2階のトイレに行ったがここも先客がいて駄目。さらに3階のトイレをノックしたが中からノックが返ってきてアウト。結局、どこも使用中で、危機が迫ってきて、脂汗を流したことがある。
欧米の書店でも、トイレが充実しているところは少ない。ただ、売り場にはゆったりとスペースがとってある。床のじゅうたんに寝そべったり、据え付けのソファに座ったりして、ゆっくり本を選んでいる人たちがいる日本の狭苦しい書店と比べると、何ともうらやましい。 話は変わるが、5年ほど前、ロサンゼルス郊外のパサディナという町の書店を訪れたことがある。地元に住む友人が案内してくれたのだが、店内に入って驚いた。真ん中に大きな喫茶コーナーがあり、みんな、棚から好きな本を引っぱり出してきてそこでコーヒーを飲みながら読んでいたのだ。
僕の脳裏には、日本の本屋の情景が浮かんでいた。「立ち読みお断り」の張り紙。もし、立ち読みをしている客がいれば、その横でこれ見よがしにハタキをかける店主の姿…。
街の本屋が次々と廃業に追い込まれ、昨年1年間に史上最多の約1300店がつぶれたそうだ。そんな時代に夢物語なのかもしれないが、広くてきれいなトイレがあって、心おきなく本を選ぶことのできる本屋はどこかにないものだろうか 不況、デフレ傾向の中、新刊本を扱う書店はどこも苦しく、逆に「BOOK・OFF」などの古本屋が繁盛してるという。そういう時代だからこそ「ただ読み」の喫茶コーナーやホテル並みの快適なトイレを設け、「スターバックスに行くんだったら、○○書店に行こうよ」と言わせるような本屋にしないといけないのでは、と思う。


表中、赤、青、緑の文章は、天声人語と散人雑報の表現や文意が同一あるいは類似である部分を表しています。ここからわかるように、天声人語は散人雑報とストーリーや表現がほとんど同一で、散人雑報の要約になっていることがわかります。唯一違うのは、トイレを催す理由をホームページで調べた部分だけでした。それでも、文章全体の起承転結の流れは全く同じです。



結論:天声人語は散人雑報の要約でした。



                ∧_∧   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
                (-@∀@) < 「要約」は「盗用」じゃないよ!
             _φ___⊂)__ | 新潮社は謝罪と賠償汁!
           /旦/三/ /| | 広告掲載拒否するぞ!アヒャヒャ
        | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|  |  \___________
        |天 声 珍 誤|/







言論の自由を大切にする朝日新聞は、2月13日の朝刊で、天声盗用疑惑を特集した週刊新潮の広告掲載を拒否しました。


(C)新潮社

2003年2月20日号
インターネットから「盗用」していた 朝日の看板コラム「天声人語」








2004年9月17日、東京地裁、「天声人語が盗用」を認定



東京地裁で、朝日新聞の天声人語が「盗用相当」との判決を受けました。朝日新聞の記事の見出しを見る限り、盗用は完全に否定されたかのような印象を受けますが、判決内容は逆で、盗用を認定しています。また、両論併記で常に両者の言い分を読者に提供する朝日新聞は、被告の新潮社側の言い分を一切掲載することなく、自社だけの言い分を掲載しています。

正しい情報を把握するために、朝日新聞の記事だけではなく、他紙を並べて読み比べることをおすすめします。

共同通信
「天声人語が盗用」は相当 週刊誌記事めぐり地裁判決

 朝日新聞のコラム「天声人語」2本に盗用があったとした週刊新潮の記事をめぐり、朝日新聞社が新潮社に5000万円の賠償などを求めた訴訟の判決で、東京地裁の中西茂裁判長は17日、1本については「盗用があったと信じる相当な理由がある」として新潮社側の賠償責任を否定した。

 もう1本については「必要な事実確認をしていない」と名誉棄損の成立を認め、150万円の賠償を命じた。

 判決によると、週刊新潮は昨年2月20日号で、天声人語2本について「インターネットから『盗用』していた朝日の看板コラム」と題する記事を掲載した。

 中西裁判長は「書店に行くとなぜトイレに行きたくなるか」というテーマで書かれた2001年8月8日付朝刊の天声人語については「インターネット上で公表された別の作家のコラムと文章構成、展開、筆者の意見などが全く同一」と指摘。「偶然に一致したとは思えないほど非常に酷似している」とした。

9月17日19時57分更新
毎日新聞

盗用訴訟:朝日新聞のコラム、1回分は認定 東京地裁


 「朝日新聞のコラム『天声人語』が他人の文章を盗用していた」とする週刊新潮の記事で名誉を傷つけられたとして、朝日新聞社が出版元の新潮社に5000万円の賠償などを求めた訴訟で、東京地裁(中西茂裁判長)は17日、問題となった2回のコラムのうち1回分について「偶然に一致したとは思えないほど酷似しており、盗用と信じても無理がない」と指摘した。もう1回のコラムに関しては名誉棄損を認めて150万円の支払いを命じた。

 週刊新潮の昨年2月20日号は、01年8月8日と同10月27日の天声人語について「インターネットから盗用した」と報じた。

 判決は「本屋で立ち読みをしていると、なぜかトイレに行きたくなる」ことを取り上げた8月のコラムについて、「別人のコラムを盗用したと断定できないが、構成や表現内容が酷似していると評価するほかない数多くの共通点がある。盗用だと信じたことには理由がある」とした。「世界を100人の村に縮小するとどうなるか」をテーマにした10月のコラムについては「許可なく引用した面がないわけではないが、盗用とは言えない」と判断した。【渡辺暖】

 ▽松本正・朝日新聞社広報宣伝本部長の話 新潮社の法的責任を一部否定した判断には納得できない部分があり、控訴する。

 週刊新潮編集部の話 判決は天声人語の盗用をはっきり認定したので、その点は評価している。

2004年9月17日 20時15分
朝日新聞

「天声人語が盗用」認めず、新潮社に賠償命令 東京地裁

 「週刊新潮」が朝日新聞のコラム「天声人語」について虚偽の記事を掲載し、朝日新聞社の名誉と信用を著しく傷つけたとして、本社が同誌を発行する新潮社に謝罪広告の掲載と5000万円の損害賠償を求めた訴訟で、東京地裁は17日、150万円の支払いを新潮社に命じる判決を言い渡した。「天声人語」2本を「盗用」と書いた同誌記事について、中西茂裁判長は「真実であるとは認められない」と認定した。そのうえで、うち1本については、不法行為は成立しないとして新潮社の法的責任を否定した。

 この記事は、同誌03年2月20日号の「インターネットから『盗用』していた 朝日の看板コラム『天声人語』」。(1)本屋とトイレの話に触れ、日本と外国の書店を比較した01年8月8日付(2)メールで流れていた「世界を100人の村に縮小するとどうなるか」についての筆者不明の文章を紹介した同年10月27日付――の天声人語について、ネット上のコラムなどから盗用したと書いた。

 判決は、(2)をめぐる記載について「盗用したとの事実が真実であるとは認められない」と述べ、掲載にあたって必要な確認をしていなかったとして「盗用と信じたことに相当な理由があったともいえない」と判断した。

 (1)をめぐる記載についても同様に「盗用が真実とは認められない」と判断した。そのうえで「ネット上のコラムと非常に酷似しているなど、盗用したとの判断に至ったとしても無理からぬものがあった」などと述べ、不法行為は成立しないとした。

 〈松本正・朝日新聞社広報宣伝本部長の話〉 「天声人語」の記述を盗用と断じた週刊新潮の記事について、真実とは認められないとした判決は当然だ。しかし、新潮社の法的責任を一部否定した判断には納得できない部分があり、控訴する。

(09/17 21:45)